大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(行ツ)55号 判決

上告人

門坂喜美子

右訴訟代理人

久保井一匡

家郷誠之

被上告人

大阪府北府税事務所長

中川治男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人久保井一匡、同家郷誠之の上告理由について

不動産取得税は、いわゆる流通税に属し、不動産所有権の移転の事実自体に着目して課されるものであつて、不動産の取得者が取得する経済的利益に着目して課されるものではないから、地方税法七三条の二第一項にいう「不動産の取得」とは、所有権移転の形式により不動産を取得するすべての場合をいうものと解すべきであり、その取得により経済的な利益の増加をきたす場合に限られるものではない(最高裁昭和四三年(行ツ)第九〇号同四八年一一月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一〇号一三三三頁、同四〇年(行ツ)第一二号同四五年一〇月二三日第二小法廷判決・裁判集民事一〇一号一六三頁参照)。共有は所有の一形態であるから、不動産の共有持分の取得も不動産の所有権の取得として右規定にいう「不動産の取得」にあたるというべきであり、共有物の分割は共有者相互間において共有物の各部分につきその有する持分の交換又は売買が行われることにほかならないのであるから(最高裁昭和四〇年(行ツ)第五三号同四二年八月二五日第二小法廷判決・民集二一巻七号一七二九頁参照)、共有不動産の分割により他の共有者の有していた持分を取得することも前記規定にいう「不動産の取得」にあたるものと解すべきである。

以上述べたところと同旨の見解のもとに、上告人が共有物の分割により一審判決目録一の1なのし4、6の各不動産についての訴外門坂正人の共有持分を取得したことをもつて前記規定にいう「不動産の取得」にあたるとした原審の判断は、正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(江里口清雄 天野武一 高辻正己 服部高顯 環昌一)

上告代理人久保井一匡、同家郷誠之の上告理由

第一点 原判決は地方税法第七三条の二第一項の解釈適用を誤つたものである。

つまり同条の「不動産の取得」とは形式的な「不動産の取得」の全てがこれに該当するものではなく、実質的な財産権の移転としての「不動産の取得」だけがこれに該当すると解すべきであるにもかかわらず原判決は、上告人が前夫門坂正人(以下正人という)から共有財産の清算として第一審判決末尾目録一の1ないし6の各不動産(ただしそのうち5の不動産については被告において後日取消した)の正人の持分(二分の一)を財産分与という方法で取得したことに対して不動産取得税を賦課した被告の賦課決定を適法としたことは明らかに右地方税法の解釈を誤つたものである。

(原判決はその理由として第一審判決の理由に若干の追加的理由を付加したのみでその他は全面的に第一審判決の理由を援用しているので本件上告理由書において第一審の判決の理由をもあわせて批判せざるを得ない。)以下右をくわしくのべる。

(一) まず第一審判決はその理由中の二項の冒頭において「原告(=上告人)による目録一の1ないし4および6の各不動産についての正人の共有持分の取得が、原告の主張するように実質的に共有物の分割としてなされたものとみることは可能である(大審院昭和一〇年九月一四日決定、民集一四・一、六一七参照)……」としており、原判決も右の点はそのまま是認している。として「しかしながら、不動産取得税は『不動産の取得』(地方税法第七三条の二第一項)に担税力を見出し、これに対して課税する流通税であつて形式的に不動産所有権の移転または原始取得(この点を原判決が所有権移転の形式による不動産の取得と訂正している)の事実があればその原因如何を問わず、特に法定の非課税とされる場合(同法七三条の三ないし七に限定列挙)を除き課税されるべきものであり、取得者の得た実質的な利益に着目して課税されるものではないし(最高裁第二小法廷昭和四八年一一月一六日判決最民集二七・一〇・一、三三三参照)また共有は……『不動産の取得』に該当するならたとえ本件の場合のように数個の不動産の共有者が、共有物の分割として各不動産の共有持分を交換しその結果経済的利益に変動がない場合でもそこに不動産の共有持分の移転がある以上、不動産取得税の課税要件としての『不動産の取得』があるといわねばならない」としている。そして原判決は「本件財産は控訴人(=上告人)と正人が婚姻中にその協力によつて取得したものでなく、婚姻生活外の事由である相続によつて取得した財産である。しかも、実質的には夫婦共通の財産であるにもかかわらず夫婦の一方の名義としたが故に他の取得者が潜在的持分を有していると目すべきものではない。それ故、右財産に関する本件財産分与は夫婦共通の財産の清算という性質、内容を有するものではなく共有持分の交換としての実質を有する共有物分割に該当するものであつて控訴人(=上告人)主張の通達の如く非課税扱をすべき財産分与には該当しない」としている。

(二) ところで右原判決およびその引用する第一審判決の理由部分は地方税第七三条の二第一項の解釈を誤つたばかりか現行の税務行政自身が非課税扱としているものをあえて右行政解釈を国民に不利益に変更するものであつて到底正しい税法の解釈とはいえない。

すでに上告人が第一審以来くりかえし主張して来たとおり現在の自治省は離婚による財産分与に伴う取得財産に関する不動産取得税の取扱について昭和四二年自治大税務別科質疑回答(甲第一七号証)によつて非課税扱いをしており、現に本件の場合でも第一審判決目録7、8の不動産の取得について兵庫県灘財務事務所、同目録の9の不動産の取得について三重県上野県事務所からそれぞれいつたん課税決定を受けたが後日控訴人の事情の説明によつてこれを取消しているのである。(甲第一号証、兵庫県分についても同様の書面にしてもらつたが書面を紛失した。)

しかるに第一審およびこれを引用した原判決は控訴人のもと夫の正人の持分の取得が実質的には共有物の分割であることは正当に認めながら、あえて自治省の通達によつて今日すでに確定している行政解釈を国民に不利に変更している。しかもその理由として二つの点をかかげその第一の理由として形式的に不動産の所有権の移転さえあればその原因の如何を問わず、特に法定の非課税とされる場合(同法第七三条の三ないし七)を除き課税されるべきものであり、取得者の得た実質的利益に着用して課税されるべきものでないとして譲渡担保に関する最高判昭和四八年一一月一六日判決、民集二七巻一〇条一、三三三頁を引用しているしかし不動産の譲渡担保の場合は対内的には担保権の性格を持つとしても対外的には完全に所有権が移転するものであることは学説、判例とも争いのないところでありこれに課税するのは当然であつて本件にこれをあてはめるのは妥当でない。

第二の理由として共有は二人以上の者が共同で物を所有する法的形態であつて不動産の共有持分の取得も不動産取得税の課税要件としての「不動産の取得」にあたるとして行政裁判所昭和七年二月五日判決を引用しているが、右は当然のことをいつたものにすぎず上告人は全ての共有持分の取得が不動産取得税の課税要件としての「不動産の取得」に該当しないなどと主張しているわけではない。上告人の主張しているのは共有物の持分の移転のうちでも本件のように財産分与、しかも実質的にはもと夫正人との共有財産の清算のためになされたものの場合には非課税扱にされるべきであると主張し現に自治省の扱いもそうなつているのである。

いずれにして法定の非課税の場合に当らない場合であつても地方税法第七三条の二第一項の「不動産の取得」を形式的取得を全て含めるが実質的な取得の場合に限定するかは地方税法の目的的解釈によつて課税権者あるいは裁判所の決し得るところであるところ第一審およびこれを引用した原判決は地方税法の解釈として形式的な不動産の移転自体担税力を見出していると誤解しているのである。地方税法は右のような形式的な不動産の移転に担税力を見出しているのではなく、実質的な不動産の取得(=増加)に対して担税力を見出しているのであつて、この点原判決は全く誤りを犯している。

少くとも税法のように、国、地方自治体と国民との間のような特別権力関係にある法律の解釈にあたつて国民に不利益な解釈をする場合には余程慎重な検討を要するのであつて、すでに全国的税務行政が非課税としているのにあえてこれを破つて課税すべきとした原判決はこの点でも極めて不当である。

ちなみに東京地裁昭和四四年(ワ)第三二二九号昭和四五年九月二二日民三部判決(判例時報六〇六号二八頁)も「不動産の取得が婚姻中の財産関係を清算する趣旨で財産分与による場合には、それが夫婦の共有に属するものと推定される財産(民法第七六条二項)についてなされたものである限り、形式的に財産権の移転が行われることはあつても当然の所有権の帰属を確認するに過ぎず、これによつて実質的に財産権の移転が生じるものではないと解するのが相当であるから地方税法第七三条の二の一項所定の課税原因には該らないというべきである」と明言して現行の行政解釈を是認しているのである。要するに本件原判決は明らかに法の解釈適用を誤つたものである。

さらに原判決は第一審判決に追加した固有の判決理由の部分について本件財産は上告人と正人とが婚姻中にその協力によつて取得したものでなく婚姻外の事由である相続によつて取得した財産であり、しかも実質的には夫婦共通の財産であるにもかかわらず夫婦の一方の名義としたが故に他の配偶者が潜在的持分を有していると目すべきものではない。それ故、不動産に関する本件財産分与は夫婦共通の財産の清算という性質、内容を有するものではなく共有持分の交換という実質を有する共有物分割に該当するものであり、上告人主張の通達の如く非課税扱をすべき財産分与には該当しないという。しかし右はつぎのとおり誤りである。第一にたしかに本件財産は上告人と夫正人の協力によつて取得したものでなく相続によつて取得した財産であるが、このように相続によつて第三者が取得した財産であつても夫婦共有関係を清算することが財産分与に該当することは明らかなことである。また第二にかりに原判決のいうとおり本件財産が財産分与の対象に該当せず、それ以外の共有にすぎないとしてもそうであれば夫婦間の純粋な財産分与の場合以上にその分割は実質的な財産権の移転とはいえないのであるから、地方税法のいう「不動産の取得」に該当しないと解すべきである。現に被告以外の二つの税務署では前記のとおり現に上告人の説明を了解していつたん行つた課税決定を取消しているのである。

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